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       02.西南民族関連の諸学説



第二節:西南民族関連の諸学説
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目次
01.はじめに
02.諸学説と歴史的背景
03.「蔵彝走廊」と「中華民族多元一体構造論」

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01.はじめに

中国では大多数を占める漢民族以外、55の少数民族が認められています。
「漢」は「乾」に通じ、乾いた=天の川=銀河に通じると言われています。
銀河にある星屑は、銀河に浮かぶ数多くの少数民族と思うことも出来ます。
55の少数民族のうちで、中国西南部には、23の少数民族がいます。
『彼らはどこから来たのか 彼らは何者か 彼らはどこへ行くのか』
西南少数民族でそれを知る手掛かりが、彼らに伝わる経典「指路経」です。

もちろん、最近ではDNA鑑定などを通じて、各民族の関連を調べる技術も進んでいます。

でも言葉、文字、信仰、儀式など文化の研究成果による肉付けが必要です。
中国西南民族関連の学説を検討した後、中国西南民族の概要と「指路経」との関連、 なかでも多数を占める彝族(イ族)についてに見ていきます。

(先程ご紹介したヨシュア・プロジェクトでは、Number of People Groupとして、543を 上げています。布教をする際の範囲を含めての数字とも思われますが、公認された55の 少数民族の中には、多くの支族が含まれ、彝族だけで110の支族があると言われています。)

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02.諸学説と歴史的背景

今年2019年は、中華人民共和国建国70周年となります。
建国当初の高揚感の後、土地改革法の実施、反革命勢力残党の一掃など続く一方、チベット動乱、ソビエト連邦との関係の悪化、毛沢東の大躍進政策で採用されたルイセンコ学説に起因する大飢饉による大量餓死者の発生など、対内的、対外的にも多くの問題が生じました。

そんな事態を打破すべく採られたのが文化大革命で、混乱期が1965年~1976年の長きにわたり続きました。
その間は、芸術、文化、学問研究の多くが、ブルジョワ的として否定され、活動が停滞しました。活動が復活するのは文化大革命(1965年~1976年)が治まり、毛沢東(1893年~1976年)が死去して、鄧小平によって改革開放が始められて以降のことです。

その傾向の一つの現われは、「ビデオソフト中国国内発売確認数の推移」に見てとれます。

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芸術・文化の具体例に、彝族支族:雲南省の撒尼族=サニ族の民話を映画化した「阿詩瑪」の主演女優「楊麗坤(Yánglìkūn)」の人生模様があります。

楊麗坤(女優):彝族出身: 中国云南省普洱县磨黑镇

年表
1941年: 0歳:誕生
1954年:13歳:雲南省の歌と舞踊劇団のソロダンサーデビュー
1959年:18歳:映画「五朵金花」に出演、同年上映、46カ国でリリース
1960年:19歳:第2回アジア・アフリカ映画祭で最優秀女優銀鷲賞を受賞
1961年:20歳:毛沢東、周恩来などと面会
1964年:23歳:映画「阿詩瑪」で主演

1965年:24歳:映画上映前、文化部の指示で上映禁止
理由=「社会主義革命の偉大さではなく、死者を讃美し、表現される愛は、ブルジョア的感情に満ちている」
1970年:29歳:政治的見解から「現在の反革命者」として拘束されて、統合失調症が更に悪化

1978年:文化大革命後、上海映画スタジオ俳優として復帰

映画「阿詩瑪」の内容
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中国西南民族に関する学説が発表されたのも、文化大革命終焉後1980年以降のことです。

以下、六人の学者の学説を紹介しますが、その中の最長老級の社会学者「01.費孝通=Fei Xiaotong」氏(1910年~2005年)は、述懐しています。

<47歳の前半~失われた20年~70歳での人生の後半>
「中国社会について、真の理解レベルに到達出来なかったことを非常に残念に思う。私は自己弁護するつもりはないが、その理由は自分では避けられない運命、と思っている。私は貴重な二十有余年(47歳から70歳までの23年間)、最高であるべき時を失った。 」

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同じく、最長老級の遺伝学者「04. 談家楨=Tan Jiazhen」氏(1909年生)に関しては、次のように書かれています。

「1966年から1976年の間は、文化大革命の時代であり、『10年』でしたが、談家楨氏はその間はほとんど何も発表しませんでした。
最後に、1978年に彼は中国を去り、パサデナにあるCalTechの生物学部門の創立50周年に出席することができました。
ついに、1979年に多くの人が引退する70歳で、彼は遺伝子研究をすることができました。
さらに、彼はより多くの対立遺伝子を見つけて、より多くの個体数データを得るテントウムシの研究を始めました。~」

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第一世代に続き、第二世代に言語学者の「02. 羅仁地=Luó rén de」氏(1955年生)、宗教学者の「03. 張澤洪=Zhāngzéhóng」氏(1955年生)がいます。
彼らには文化大革命の影響はありませんでした。

続いて、第三世代に遺伝学者「05. 金力=Jin Li」氏(1963年生)、彝族出身の民族文学者「06.普驰达岭=Pu Chidatling」氏(中国名:普忠良氏)(1970年生)がいます。

金力氏と同じ復旦大学の研究者として、更に若手の張夢翰氏(=Zhang Menghan=1987年生)同年代の嚴實氏(=Yan Shi)がいます。
因みに、日本の研究者としては、「07.松本克己」氏、「08.斎藤成也」氏がいます。

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これらの学者、その学説に関しては、以下の写真の部分をクリックされると概要がご覧になれます。






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3.「蔵彝走廊」と「中華民族多元一体構造論」

この中で今回のテーマに直結しているのが、費孝通氏と、彼が発表した「蔵彝走廊」という概念、並びに彼が唱えた「中華民族多元一体構造論」です。

「蔵彝走廊」とは、中国の歴史、民族、文化に関する新たな区域概念です。

費孝通氏は1910年生まれ、日本で言えば、黒沢明、白川静、白洲正子等と同じ年回りで、「最後の士大夫」と呼ばれた人物です。
彼は、長いこと暖めてきた構想を「Toward a People's Anthropology(人類学に向けて)」で発表しました。
この発表を機に、多くの学者によって「蔵彝走廊」周辺地区の民族、言語、宗教、文学などについての研究が行われるようになりました。

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羅仁地氏は、言語学の観点から、張澤洪氏は宗教学の観点から、談家楨氏に師事した金力氏は遺伝学の観点から研究を進めました。
また、自らが西南民族の彝族出身出身の普驰达岭氏は、文学、中でも彝族の文学について研究を進めました。

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張澤洪(Zhāngzéhóng)氏については、その研究分野である「指路経」について詳しく見ていきます。

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金力(Jin Li)氏とその研究者グループの張夢翰(Zhang Menghan)氏、嚴實(Yan Shi)氏の発表したことは、二つあります。

1.中国人の起源に関し、「北京原人」説ではなく、アフリカから約6万年前に東アジアにやってきたとする「アフリカ起源」説を支持しています。

2.中国の人々が属するシノ・チベット語族の起源に関して、9000年以上前に東アジアの南西部に出現したとする「南西起源仮説」ではなく、約4000~6000年前に中国北部の黄河流域に出現したとする「北方起源仮説」を支持しています。

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松本克己氏は、その著作で以下のような年表を掲載しています。
また、日本人の祖先が大陸からの日本列島に渡来したルートは、①対馬経由(38,000年前)②沖縄経由(35,000年前)③北海道経由(25,000年前)と言われています。 matsu01

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研究対象としての「彼らはどこから来たか?」という疑問は、自分への問いかけとして「自分はどこから来たのか?何者か?どこへ行くのか?」ということになります。

最近の朝日新聞の記事に以下のものがありました。

「自分は何者か?」ウイグル族か?中国人か?
そして、我々は千葉県人か?日本人か?地球人か?現代人か?国際人か?

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★参考資料[○○]の部分をクリックして御覧下さい。
目次

[ 復旦大学:Yan Shi博士(嚴實):OUHK -「中國360度透視」系列講座︰從DNA看中國人的起源和演化  ]

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[ 03. 西南民族の分類と分布 ]
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[ 中国西南民族と指路経    ]

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