『 北の小麦・南の米 』 


何だろう?黄色、緑、赤のドットが並んでいます。それは後ほど。

世界各国の主要農産物のリストには、小麦、大麦、米、 トウモロコシ(玉蜀黍)、ソルガム(キビ:黍:蜀黍:唐黍:高粱)、 ミレット(粟:稗)、いも類があります。
中国の主要農産物は、米です。

では、中国の方の主食とは何でしょうか?
世界各国で、様々な主食があります。
米、小麦、トウモロコシ・高粱、いも、小麦&肉、麦&ジャガイモ、 肉&乳、その他とバラエティーがありますが、中国では、北の小麦、 南の米が特徴的です。

世界での小麦と米の産地を見ると、小麦はユーラシアの両端にまで 広く普及していますが、米は、アジアに集中しています。

中国では、農作物の産地でも、北の小麦、南の米が特徴的で、 両者の境界線が、七大水系の一つ、淮河です。
淮河は、黄河と長江の間を流れる河で、中国の歴史の中で、中国が南北に 別れた時代の分水嶺となった河です。

主要交通手段としての「南船北馬」が有名ですが、農作物としては 「南米北麦」、家畜としては「南牛北馬」と言えるでしょうか。

以下、米、小麦、トウモロコシ(中国名=稲谷、小麦、玉米)の各省 での生産量、各省毎の生産量の順位を見ていきます。

各省一番の作物では、北のトウモロコシ、南の米が目立ちます。
主食ではないトウモロコシの生産量がなぜ多いのか?
これは中国の食文化、その変遷に関係しています。

さて、当初のドットですが、ここでその謎が分かります。

米、小麦について、農作物として各々の特徴、漢字の成り立ち、 それぞれに因む漢字などを見ていきます。
日本人にとって米は基幹産業であり、食用にあたっての各状態や形状、 加えて、メートル表示、財産の表示(米の石高)から、様々な縁の漢字が 作られています。

次に、小麦、米の加工品について見ていきたい、と思います。
以前、戦闘食の所で、秦の始皇帝に仕える料理人たちが、軍隊が手早く食事が出来るように、 北の麦での麺の作り方で、南の米を材料に米麺を作った、とお話しました。

これが、桂林米粉(ビーフン)です。桂林は、広西チワン族自治区にある観光地です。
そこから真上の雲南省へ、さらに四川省へと伝承し、最後に大連に至り、大連米線となりました。
雲南省では、過橋米線の由来の話があります。
南へは、真下のベトナムに伝わり、フォーをなりました。
東へは、台湾に伝わり、ビーフンとなりましたが。小麦を使った台湾麺線も作られました。

その地域の主要農作物と家畜とは関連が深いです。まさに、「南牛北馬」です。
馬の祖先(プリオヒップス:五百万年前)は、北米からベーリング地峡を渡りユーラシア大陸へ至り、 寒冷の草原で草を食べていました。

中国の省で最も馬が多いのは、内モンゴル自治区です。
草食動物の馬は草類を消化するため、後腸発酵を行います。そこで、牛などの反芻動物とは異なり、 食いだめができず、食草時間が長くなります。
そのため、常に周囲に注意を払い、不審なものがあると逃げる準備をする、という行動特性があります。
競馬馬の場合には、主に、栄養価の高い麦、豆、ふすま(小麦粒の表皮部分)が与えられます。

これとは対照的に、牛は、稲刈りをしたあとの藁という栄養価のないものを食べ、それを胃袋で反芻して 栄養とするばかりでなく、藁の多重構造が胃の中の水分を吸収、草を分解する微生物のすみかにもなり、 また藁の軽さが胃の中の内容物を撹拌し、結果的に消化率の向上に結びつく、という特徴があります。
「明治大正史」の「肉食の新日本式」で触れましたが、農家で農耕に使っていた牛馬を、老い過ぎない程々の 時期に、食用に供していたそうです。

辛い農耕作業を一緒にしてきた牛馬を潰して食べること。
はっきり意識せずとも、何故か後ろめたい気持ちが残ったのではないか。
これが、地獄絵での地獄の卒吏「牛頭馬頭」として恐れられたのではないでしょうか。

さて、中国の小麦地帯と米地帯の分水嶺である淮河の南北では、文化の面でも大きな違いがありました。
最後に、岡倉天心の著作「支那南北の区別」を見ておきたい、と思います。

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[6.中国八大料理・四大料理 ]

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